――声優を目指そうと思ったきっかけは?
子どもの頃は、アニメのような、いわゆるサブカルチャーにあまり興味がなくて。アニメのすごさに気づいたのは、1年間ドイツで保育士の仕事をしていた時です。ドイツでも日本のアニメは人気で、アニメの声真似をすると、それまで言うことを聞いてくれなかった子どもたちの表情が変わっていったんですよ。日本人には日本語で、ドイツ人にはドイツ語で語りかけることで、アニメは世界共通だとも気づいて。そこで、子どもたちに声を届けるようになりたい、サブカルチャーの一部になりたいと思いました。
――今回出演された「ガンダム」シリーズもまた、サブカルチャーを代表する、日本のロボットアニメの金字塔とも言える作品ですね。
ここまでアニメを普及させた作品のひとつだと思います。だから、「機動戦士ガンダムUC(ユニコーン)」という作品で初めてガンダムに携われた時、"ようやくアニメ文化の一部になれたのかな"って思いましたね。ガンダムに出演できたことは、役者としての誇り。ようやく子どもたちにも胸を張って言えます!
――大学と専門学校を両立させるなど、声優になるまでには大変な想いもしたのでは?
僕の場合は、ドイツで家出をしてきているから、帰る家がなくて(笑)。声優になれなかったからといって戻るのは無理。だから覚悟の違いだと思いますよ。「声優になれる!」って疑いもしなかったし、その頃から明るい未来しか見えていなくて。毎日が楽しかったですよ。このまま楽しんでいれば絶対に大丈夫だって。
――苦労と言えるようなことは、特になく......?
当時の話を後輩に話したりすると驚かれるけど、当時は本当に、大変だとは全然思ってなくて。命をとられるわけでもないし。今では考えられないようなことを平気でしてましたけどね(笑)。
――では、声優に必要な「才能」や「声の質」といったことも、あまり考えませんでしたか?
考えませんでしたね! 声優って誰にでもなれますから。でも、なれない人も出てくるんですよ。それは"本当の"努力がたりなかったのかもしれませんね。
――「機動戦士ガンダム THE ORIGIN Ⅲ 暁の蜂起」に出演が決まった時の感想は?
どんな作品でもそうですけど、何万人といる声優の中で、オーディションのお声がけをしていただけることは、それだけでも光栄なことです。じつは、ガルマともう1つの役を受けていたんですが、自分が演じるなら絶対にガルマだ! と感じてはいました。最後まで受かるとは思ってなかったですけど(笑)。しかも、「UC」でご一緒した(池田)秀一さんが演じるシャア・アズナブルの近くにいられる役ですから。ガルマを演じることで、役者としても人間としても、またひとつ成長できるかもしれない、と考えたらゾクゾクしました。
――ガルマは、本作の主人公となるシャアの士官学校の同級生役。どんなガルマを演じたいと思いましたか?
"かきはガルマ"を演じ切りたいと思いました。僕はファースト(「機動戦士ガンダム」)世代でもあるので、その時はシャアの仲間としてガルマを見ていましたけど、今回はシャアが主役という別ベクトルの作品なので、ファーストのイメージは一切なぞりませんでした。画面を観て動く気持ちと、隣にいる秀一さんのお芝居を受けて、生で発した言葉がすべて。周りのみなさんがガルマというキャラクターを作ってくれたし、誰かのお芝居をなぞるのではなく、自分の芝居を責任を持って演じることが、「ガンダム」ファンに応えられることだと思ったんですよね。それに、セリフをどう言い回そうが成立するのが、ガンダムのすごさですから。
――セリフのひとつひとつが、どう転んでも「ガンダム」になる、ということでしょうか。
そう、だから「ガンダム」ってズルいんです(笑)。僕らが子どもの頃から友だちと一緒に真似していたアムロやシャアのセリフと同じように、この作品のセリフもすべてガンダム史に残ると思うんですよ。
――ガルマのセリフで言うと......?
「俺にさわんなー!」かな(笑)。オーディションの台本にもあったセリフで、その時は渾身の「さわんな!」を演じられたと思ってます。彼にとっては生死をかけるくらいの気持ちが入った言葉で、ガルマのその気持ちを存分に出せたと思うのは、オーディションと本番だけ。それくらい、ガルマの人間っぽさを象徴するような"みすぼらしい"声が出たんですよ。
――シャアと言えば、「機動戦士ガンダム」でシャア役を演じる池田秀一さんが、「THE ORIGIN」で自らオーディションを志願してエドワウ・マス役(のちのシャア・アズナブル)を演じられたというエピソードもあります。
ファーストのファンのひとりとしても、望んでいたことです。シャアを秀一さんが演じられるのなら、やはりエドワウも演じてほしいと。途中で声が変わるなんて考えられない。自ら志願した秀一さんはすごいです。シャアへの想いの強さや、役者としての覚悟を感じますね。
――これから役者や声優を目指す読者に、オーディションを受ける際のアドバイスがあれば教えてください!
すごい単純なことになっちゃいますけど、オーディションで相手の方が見ているところって、お芝居だけじゃないと思うんですよ。お芝居は2~3割くらい。実際に新人の頃は、「新人の芝居がそんなにうまいなんて思ってない」って言われてましたから。必要なことは、かっこつけるな、うまくやろうとするな、本当の自分を見せろ、っていうことですね。
――自然体の自分を見せる、ということでしょうか?
ただ、それが難しいんですよね。急に自然体の自分を見せようとしても、"自然体"と"無礼"をはき違えたりして。役者として大切なことは、普段からごく当たり前の人間として生きることだと思うんですよ。人間を演じるわけですから。だから、ふだんから、たとえば"人には優しく、自分には厳しく"でもなんでもいいから、自分なりの人間らしさを把握して、その感覚を研ぎ澄ませておくといい。オーディションなんて、最初は100受けたら1つ受かればいいと思いますよ!
Q1 乗ってみたいモビルスーツは?
ローゼン・ズール。「機動戦士ガンダムUC」で僕が演じるアンジェロ・ザウパーが乗っているモビルスーツです。でも、ガルマとしてはシャアのモビルスーツに乗りたい!
Q2 モビルスーツをシャアのように自分好みの色に塗るなら?
Kiramuneというレーベルで「緑」担当なので、ここはグリーンでお願いします!
Q3 ガンダムシリーズで好きなキャラは?
ガルマです! ガルマ一筋です、僕は。
――『機動戦士ガンダム THE ORIGIN Ⅲ 暁の蜂起』の出演が決まったときのお気持ちは?
最初に「シャアのあの仮面にまつわるエピソードを持ったキャラクターです」という情報をいただいて、ガンダムの歴史の中でも重要なポジションを担うキャラクターなんだなと、嬉しさとプレッシャーを同時に感じたのを覚えています。
――リノ・フェルナンデスを演じる上で気をつけたことは?
リノは3枚目でお調子者な部分が多かったりするんですけど、洞察力にすぐれている一面もあるので、シリアスなところとにぎやかしなところの切り替えを意識しました。
――役作りはどのように?
現場でシャア役の池田(秀一)さんやガルマ役の柿原(徹也)くんたちと掛け合いをしながら自然に作り上げられたらいいなと。それから、アニメアニメした芝居より吹き替えのようなナチュラルな方向でやれたらという意識もありました。
――演じる上で難しかったところは?
リノは本作のオリジナルキャラで、これまで誰も演じたことがないので、ベースになるお芝居がゼロの状態で、お手本になるものが何もない難しさがありました。逆に、自分が好きにキャラクターを作れる楽しさもありましたね。
――収録現場では池田さんとはどういうお話を?
「仮面をありがとう」と言われました(笑)。それからネタバレになるんですけど、「●●●ちゃってごめんね」と(笑)。もう、光栄です(笑)。
――池田さんとの演技の掛け合いはいかがでしたか?
やっぱりすごく緊張しましたね。隣に池田さんがいると思うだけで身が引き締まりましたし、第一声を聞いた瞬間、「今、ガンダムの現場にいるんだ」と思いました。
――間近で体験した池田さんの演技は、どういうものでしたか?
ちょっとしたトーンの落差でシャアの腹黒さが見え隠れしたりして、一生マネもできないし、追いつけないところだと思いました。
――ちなみに、前野さんが初めて触れたガンダム関連の作品は何ですか?
小学校低学年のころに遊んだ『ナイトガンダム物語』ってファミコンのゲームソフトから入った気がしますね。騎士(ナイト)アムロってキャラが出てくるんで、「騎士アムロだ」って言ってたら、母親に「アムロはアムロ・レイだよ」って言われて、そこからガンダムというものが別にあるんだと認識していきました。
――ガンダムシリーズで一番お好きな作品は?
あ~~っ、難しい! 全部好きなんですけど、『W(ウイング)』ですね。思春期のときにオンエアされてたっていうのも大きいんですけど、コロニーを破壊するバスターライフルの威力にも心を打たれましたね。
――ここで話題を変えて、前野さんが声優を目指したきっかけを教えてください。
『ドラゴンボール』がすごく好きで姉と一緒に見ていたんですが、姉がクリリンを演じていらっしゃる田中真弓さんのような声優になりたいと言い出したんです。
――お姉さんの影響で自分も、と?
そうですね。そこから徐々に声優という仕事を認識していきました。
――具体的な一歩はどう踏み出したんでしょうか?
中学生になったぐらいで、高校を出たら東京の声優の専門学校に入ろうというのは決めてましたし、高校でアルバイトして月にいくら貯金すればこの学校に入れるなって、学校選びのことも考えてました。あと、なまりの強い地域だったんですけど、極力、方言を使わず標準語に近い感じでしゃべれたらって。そう思ってましたけど、まあなまってましたね(苦笑)。
――そして専門学校を経てデビュー。ただ、デビューはホロ苦いものだったそうですね。
事務所に入ってすぐの19歳か20歳のときに外画の吹き替えのお仕事をいただいたんです。3部作のキリスト教の映画で、キリスト役に抜擢していただいて。
――つまり主役ということですね。
全力で演じたんですけど、2部を録り終わったときに「やっぱり代えます」と言われて、キリスト役は別のかたで録りなおすことになったんです。その作品には別の役でも出ていたんで、作品としてはまっとうしたんですけど、すごく悔しくて泣きましたね。
――そこからよく復活できましたね?
すぐは復活できなかったですね。でも、先輩たちに「これも絶対いい経験になるから」って励ましていただいたのはすごく大きかったですね。当時、現場で一緒だった先輩たちには「よく生き残れたね」とも言われます(笑)。
――前野さんご自身は生き残れた理由は何だと思いますか?
あきらめなかったからだと思います。あきらめたほうがいいんじゃないかってアドバイスをいただいた時期もあったんですが、この業界で生き残りたいと思っていましたから。
――声優のかたは作品ごとにオーディションがあると思うんですが、オーディション必勝法はありますか?
必勝法は僕も知りたいですよ(笑)。
――失礼しました! オーディションで心がけてることはありますか? 『Audition』は芸能界を目指してオーディションを受ける読者が多いのでアドバイスをお願いします。
受からなかったものは自分に縁がなかったときっぱり割り切ることですね。
――いちいちへこんでたらダメってことでしょうか。
へこむんですけど、そこですっぱり割り切れる素直さというか順応性がないとチャンスはなかなかつかめないと思います。声優も同じなんですけど、芸能界って努力した人が必ず上に行けるという世界ではないと思います。一番大事なのは運じゃないかって僕も思うぐらいなんですが、逆に何かひとつつかめればトントン拍子で上に行くことも可能な世界なので希望をもってあきらめずにがんばってほしいですね。
Q1 乗ってみたいモビルスーツは?
『戦場の絆』というアーケードのゲームでグフを支給されたとき「やった、グフに乗れる!」ってうれしかったので、いろいろ乗りたいんですけど1機に絞るならグフで。
Q2 モビルスーツをシャアのように自分好みの色に塗るなら?
百式のように金色にします!
Q3 ガンダムシリーズで好きなキャラは?
どのキャラも同じように大好きだから迷うんですけど、『ガンダムW』のゼクス・マーキス。女性だと『Zガンダム』のファ・ユイリィですね。
text/吉田有希(柿原徹也)、武富元太郎(前野智昭) photo/松本祐亮